本とわたしを離さないで

本のこと、お店のこと、日々のこと

2018.06.05展示

2018/7/3(火) – 15(日) サラ・ガリー個展「LETTER LOVE 文字が好き」

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※ワークショップは両日とも受付終了致しました。(7/3現在)

 

広告イラストレーションから店舗の巨大な壁画まで、描くことに関して幅広いジャンルの仕事を手がけているサラ・ガリーによる、

手描きの文字まみれな展示です。

すべて新作を並べて頂く予定です。

会期中はレタリングワークショップ、カラフル表札屋さん、そして店舗窓へのペイントを開催致します。

 

会期中イベント(店舗は通常営業です。展示もご覧頂けます)

7/7(土)

10:00 – 12:00 レタリングワークショップ →受付終了

13:30 – 18:00 カラフル表札屋さん 店頭先着順

7/8(日)

10:00 – 12:00 レタリングワークショップ→受付終了

14:00 –  店舗窓へのペイント 見学自由

 

*ワークショップについて(満席につき受付は終了致しました)

アルファベットのレタリングワークショップです。

文字の形と線をアレンジしてオリジナルの文字をつくります。

描くのが好きな方へ、もっと楽しむヒントをお伝えします。

人数:各回3名

料金:3500円(ドリンクつき)

ご予約:blackbird booksまで 店頭、電話(06-7173-9286)、メール( info@blackbirdbooks.jp )にて承ります。お名前、ご連絡先をお知らせください。

 

*カラフル表札屋さん

カラフルな表札にお名前やお好きな言葉をペイントします。

1枚 1500円~3000円くらい。こちらは先着順となります。

 

※道具は全て作家側がご用意致します。

 

saragally

photo by @jamoz3

 

Sara Gally / サラ・ガリー

2015年にCHALKBOYと出会い、手描きグラフィックの世界に飛び込む。
妹分として修行した後独立。

これまでの仕事に「午後の紅茶」のパッケージデザイン、「たまプラーザテラス」の周年記念メインビジュアル、

「AQUA CiTYお台場」の壁画など。

仕事に成長させられながら日々邁進中。

2017年7月に初個展「サラ・ガリー個展 メゾン・レモネード」を横浜で開催。

好きな画材はチョーク、色鉛筆、サインペン、アクリル絵の具など。神奈川在住。

 

 

 

 

 

 

 

2018.06.04イベント

6/26(火)19:30~21:00 本をつくるひと vol.5 『十全に生きるために』「つち式」創刊記念トークイベント

ツチ

『二〇一七年、わたしは米、大豆、鶏卵を自給した。このことで、わたしの中に何かが決定的に生じた。いわばこれはある種の自信である。社会的な、ではなく生物的な自信が。一生物としての充足感と
いいかえてもいい。わたしははじめて人間になれた気がした。何者かではなく、ひとかどのホモ・サピエンスに。』

 

『つち式』(本書籍は6/20頃店着予定です)

「生きる」という、今や比喩表現でしかないこの営みを、あくまで現実的に根柢から生き直そうとする試み。

異種生物たちを利用し、異種生物たちに利用されながら成り立つ人間の生の本然を、より生きるための「ライフマガジン」

 

大阪から奈良の里山へ移住した著者が記した「本当のライフマガジン」、『つち式』

土を踏みしめ、水の手触りを感じ、生き物たちの音に囲まれながら立ち上がった新しい生活の営み、社会との関係。

blackbird booksでは今回、「本をつくるひと」の第五弾として著者の東千茅さんと編集、デザインに携わった「微花」のお二人にこの本の成り立ちを語って頂きます。

当日は東さんが作ったお米を箕面の「季節といなり豆椿」さんが握ったおにぎりをふるまいます。

 

著者:東千茅(あづま ちがや)

二十七歳、男。

二〇一五年、大阪から奈良へ移住。家庭教師などをして最低限の生活を得ながら、日々の大半を稲作や養鶏などの自給仕事に費やしている。

 

6/26(火)19:30~21:00 本をつくるひと vol.5 『十全に生きるために』「つち式」創刊記念トークイベント

参加費 1000円(豆椿のお茶とおむすび付き)

ご予約 店頭、お電話、メールにて承ります。

blackbird books

06-7173-9286

info@blackbirdbooks.jp

 

 

 

 

 

 

2018.05.07展示

5/29.火~6/17.日『窓から見える 世界の風』nakaban 原画展

sekainokaze

誰にも言ったことのない、とはいえ、さして言うほどのことでもない特技がある。

それは目を閉じると「歩いて」しまうということ。

「歩いて」しまえば、あたかも本当にその場所に居るかのように映像が現れる。

 

その、すべての映像は過去の何処かで目にしたものなのだろう。

絵本や図鑑、映画、旅の景色や日常で。

それでもなお説明不可能としか言いようのない見知らぬ景色が次々と立ち現れるのは何故だろう。

それは記憶と嗜好の掛け算で生じるものと、説明できるかも知れない。

けれどもう一つ。

外的要因として、僕はそれはひょっとしたら風のおかげではないか、と思っている。

(絵の制作記-nakaban)

 

blackbird booksでは『窓から見える世界の風』nakaban原画展を開催致します。

nakabanさんの絵を飾ることは当店の夢の一つでした。

お店にどんな風が吹くのでしょう。

「窓から見える世界の風」

世界中で人々は、風に親愛や畏敬の念を込め、古くから様々な名前をつけてきた。気象学者が集めた、世界の50の風を巡る旅。
著者は気候・気象学の大学講師、福島あずささん、そして「窓から見える風」を描いているのは画家のnakabanさん。
風と一緒に世界中を旅することが出来る素晴らしい一冊です。

 

※こちらのトークイベントは満席につき受付終了となりました。

たくさんのお問い合わせありがとうございました。

また、同シリーズの「はじまりが見える世界の神話」の原画を手がけ、先に当店にて展示を開いた阿部海太さんとのトークイベントを開催致します。

6/2.土

「もしも絵が言葉であるとしたら」

nakaban × 阿部海太

18:00~19:30 参加費1500円

ご予約は店頭、メール、お電話にて承ります

blackbird books | 06-7173-9286 | info@blackbirdbooks.jp お名前、ご連絡先、人数をお知らせください

協力 創元社 | デザイン 角谷慶 (Su-)

 

hajimari

 

2018.05.06ブログ

どうでもよくないこと

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SNSを見ていると楽しいな、色んな人がいるんだな、と思う日もあれば、

もうほとんどここに書かれていることや写真なんてどうでもいいな、思う日もある。

じゃあどうでもよくないこと、って何だろう。

愛と恋、生や死、家族や友人、暴力と差別、夢と記憶、

ほとんどの本にはそういったどうでもよくないことが書かれている。あるいは描かれているし、載せられている。

どうでもよくないことに向き合うのは力がいるし勇気もいる。

今の時代に照らし合わせれば人々は何と言ってもスマホに夢中なので時間がいるとも言える。

本を読むことで時には感動して涙を流したり、胸が苦しくなって眠れなくなったりする。

あるいはその本に向き合うことで明日も頑張ってみようと思うかも知れない。

だから、大事なことはきっとそこにある。

そう信じないと本屋は出来ない。

そんな本を手渡して行きたい。

それは、大げさなことじゃないと思う。

 

2018.05.06ブログ

100年後もここで会いましょう。-「目覚めたらふたりは世界の果てにいる」を終えて

土門蘭・寺田マユミ 絵と短歌展『目覚めたらふたりは世界の果てにいる』が無事終了した。

この展示は「100年後あなたもわたしもいない日に」という本を土台にしたもので、この本をもっと多くの人に届けたいと思い企画したものだ。

この本については以前にここで書かせてもらったのでここでは詳しく記さない。

ただ、100年後も世界は美しくありますように、と願う祈りのような本だと書いた。

祈るとはどういうことだろう。

平和を祈る、無事を祈る、再会を祈る。

そこには人びとの希望が込められている。

希望がこの本には綴じ込められている。

だから、この本を開くということは希望を目の当たりにすることになる。

希望は目に見えないけれど、読者の心に留まるだろう。

その心は人を動かすかも知れない。いや、動かしたと思う。

土門さんの短歌と寺田さんの絵に心を動かされたたくさんの人がご来店下さった。

お二人が登壇したトークイベントにもたくさんの方が足を運んで下さった。

この小さな本を両手に包み、また明日から頑張ろうと思います、そんな声を聞いたのは一つや二つではなかった。

 

ある日出勤したら芳名帳に「100年後もここで会いましょう」と記してあった。

本に込められた祈りがまた言葉となってここに返ってきた!と思い僕は感動した。

当然僕は100年後の、今、ここに立っている場所を想像せずにいられなかった。

この小さな、不安定な場所。

この約束を叶えられるだろうか。

例え、肉体がそこにはなくとも、その思いと約束があったことはまずここに記して置かなければいけないと思った。

短歌にあるように、100年後も同じ朝陽が昇るだろう。

その日に想いを馳せることは全く非現実的なことはではなくて、むしろその想いが今を生きることに光を当ててくれると思う。

 

土門さん、寺田さん、柳下さん、ありがとうございました。