本とわたしを離さないで

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2019.05.31

blackbirdからの手紙8 2019.05.31

妹が出来て約一ヶ月、どんな気持ちですか?

どんな気持ちで毎日過ごしていますか?

「かわいい」とお世話をしてくれる一方でお母さんが赤ちゃんに付きっきりだから寂しい感情もあるのかな。

僕にも妹がいるけれど(あなたの叔母ですね)、物心付いた頃からもう横にいたので、特別な感情を持ったことはなかったです。

もう当たり前にいるものとして、家族として、何の疑問も持たずに過ごしていました。

当たり前のように家族があることはとても幸せなことだなと最近思います。

今、当たり前がどんどん崩れていくので家族で寝食を共にするということは朝陽が毎日昇るように普遍的(いつまでも変わらないような)かつかけがえのないことのようにも思えます。

当たり前を用意してくれた父や母には(色々あったけれど)感謝しかありません。

僕や妹のことを僕らが知らないところで守ってくれていたのだとあなた達姉妹が生まれた今、そのことを強く感じます。

僕はあなた達をこれから守って行かなければいけませんが、僕が知らないところでは守ることが出来ません。

物理的に、距離が、お互いのいる場所が離れてしまえば、それは不可能だからです。例えば交通事故とかね。

「守り抜く」というような軽薄な(嘘つきな)政治家の空虚な(中身のない)言葉ではなく、どうあなた達に守ると伝えればよいのか、考えあぐねています。行動でしょうか。

こうして家族について考えていると、仕事とは何か、社会とは何か、政治とは何か、生きるとはどういうことなのか、疑問が沢山溢れてきます。

たくさんの疑問をくれてありがとう。

家族について考えることそのことが、生きるに値することだと言い切っても大げさではないのかも知れません。少なくとも今の僕にとってはそうです。

家族が今の僕の背骨であり、心臓です。こんなことはあなた達に出会うまで考えたこともなかった。

そしてそのことをあなた達に伝えて行かなければならない。

考えることから逃げないようにすること、僕は自分に言い聞かせながらこれを書いています。

 

 

 

 

 

 

2019.05.12

世界を見つめる視線 『LOCKET』と『微花』

GWに2つのトークイベントを開催した。

旅の雑誌『LOCKET』と花の写真絵本『微花』。

『LOCKET』は内田洋介さんが一人で、『微花』は石躍凌摩さんと西田有輝さんが二人で作っている。

どちらの本もblackbird booksがお店を始めた5年ほど前からの付き合いで3人とはそれから交流が続いている。

僕は3人の世界を見つめる視線が好きだ。

 

インドのイメージについて客席に問いかけ、「汚い」「万引き」「貧富の差が激しい」「カレー」などの応えがあったときに内田さんは

「実際に行ってみて僕が見ているもの、見えるものはちょっと違うんですよね。洗濯物の服の模様が綺麗だとか、山道が日本の風景に似ているとか、子供が公園の遊具で遊んでいるとか、市場で家族がご飯を食べているとか、そういう日常の風景、人々の営みに、僕は惹かれるし、そういう風景を見てみたいんです」

内田さんは仕事の合間を縫っては資金をどうにかやりくりし世界中を歩き回っている。

 

子供の頃から毎日のように歩いている通学、通勤の道に咲いていた花に気づいた時、そしてその花の「名前」がハナミズキだと分かった時、石躍さんは世界が開けたと言う。厳密に言えば世界は既にそこでいつもの場所にあって、花は毎年その場所で咲いていて、開かれたのは自分の方だったと。花の「名前」を知ることで見えている世界が一変する。

 

これは自分の見えいている世界と日常を「歩く」ことでしか分からないことだ。人間の最も容易く見える根本的な行為によって、世界が既にそこにあることを発見出来ること。

少し包括的な広い言葉で言えば、世界は美しい、と気づくこと。

そのことを知っている3人が見ている世界。

その視線の先の世界を「本」を通してこれからも見ていきたい。

 

 

 

 

 

 

2019.03.12

『ことばの生まれる景色 辻山良雄:文 nakaban:絵』を読んで

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辻山さんに初めてお会いした時、山のような人だと思った。

岩肌の見える先の尖った険しい山ではなく、学校の校庭やショッピングセンターの屋上、または新幹線の車窓から見えるような町を囲む緑の深い静かな山だ。

言葉を交わすとじっとこちらの目を見つめ、動かずにずっとこちらの声を待っている。

実際に辻山さんは身体が大きく、また学生時代登山サークルに所属していて、今も山に登るのが趣味らしい。

 

この本では星野道夫、須賀敦子、谷川俊太郎、ガルシア・マルケス、サリンジャー、カフカ、村上春樹、宮沢賢治、武田百合子、庄野潤三、ミヒャエル・エンデなど読書好きであれば思わず手が伸びる作家の本が紹介され、その作家の入口としても比較的読みやすい本が掲載されているが、もう一つの読みどころとして辻山さんの個人的な体験がことばを生み出していることで、そのことばは僕らの内面にあるものと地続きであったり、そのことばを今求めていたのだ、と思わせてくれる不思議な魅力が溢れていることだ。

石牟礼道子を読んで水俣に向かい、東日本大震災以後、柳田国男や宮沢賢治を思い浮かべ「東北」の山を訪ね歩く。少年時代の記憶や学生時代の話は今村夏子と村上春樹に結びつき、コルビュジェの「小さな家」を自身の実家と重ね合わせ、岸政彦の書く大阪を歩き地元の銭湯に入る。辻山さんの個人的な体験を通してしか生まれないことばが作家たちの物語と交差していく。その交差点で立ち上がる景色は確かに僕らがどこかで見た景色だ。

 

辻山さんの書店「Title」は荻窪の街の中に溶け込み(うっかりすると通り過ぎてしまう)、中へ入ると森のように静かで、本は呼吸をするように並べてあった。

本屋が山のように風景と一体となっている街で僕は安らぎと憧れを覚えた。

 

車を運転していて知らない街に入ったとき、ガラス越しに山を見て方角や自分の居場所を確認することがある。

その山は緑に覆われ、静かに街を見下ろしている。

 

※辻山さんをお迎えするトークイベントを4/17(火)に開催します。ご予約受付中。

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2019.02.03

blackbirdからの手紙7 2019.02.03

今年は暖冬だそうです。

暖かい冬。

だから今年はあまり雪が降らないですね。去年は結構降ったはずです。

雪だるまを作ることが出来なくて残念でしょうか?

それでも、先日通学路の公園にある水道の周りに氷が張っていたことを晩御飯の時に目を輝かせながら話してくれました。

「氷があってな、足でふもうとしたけど、われてしまいそうやから、やめてん。足を乗せたらつるつるするねんで」

僕はもう水たまりに張った氷を見て物珍しそうにする年齢ではないけれど、通学路で氷を見つけた興奮を少しは覚えています。

あなたと同じように氷を見つけたことを親に話したかは覚えていないけれど、足を乗せたり、石を投げて割ったりしたことは記憶にあります。

今では氷を見て興味を示すことはありませんが、あの冷たい感触を覚えているということは、そしてあなたの話に共感出来るということは、

僕の中の純粋はまだ失われていないのではないか、いやでも興味を示していない時点ですっかり大人だなとあなたの話を聞きながらそんなことを考えていました。

 

そしてもう一つ、あなたはあなたの時間の中を生きているという当たり前の事実に気付かされました。

僕が仕事へ向かう時、あなたは既に小学校にいて、僕はそこで何が起きているのか、あなたが何を考え、誰と話し、何を見ているのか、全く知らない。

いつの間にか、もうほとんど完全に、寝食を共にする時以外の大部分の時間を、僕の手から離れている。

ついさっきまで手を繋ぎ、目の届く範囲で遊んでいたあなたが今では6歳になり(もうすぐ7歳!)、僕の知らない時間を僕の知らない人たちと過ごし、氷を発見し興奮している。

その事実は僕に少しの寂しさと大きな感動を与えてくれています。

僕の知らないあなたの時間が(それを人生と置き換えても良いけれど、少し大げさにも思えます)、いつも驚きと興奮で満たされ、楽しいものになっていることを願わずにはいられません。

 

 

 

 

 

 

 

 

2018.11.18

『港の人』上野さんのこと

昨日(11/16)、「港の人」の上野さんが鎌倉からはるばる来られた。

日が暮れたばかりでお店には仕事帰りのお客さんが数人いらっしゃった。

上野さんにお会いするのは二度目だった。

入ってくるなり鞄から菓子折りを出されて、「この度はこのような機会を頂いて、至極光栄に存じます」と頭を下げられた。

今回のフェアは僕からお願いしたものだ。

「世界」というポーランドの詩人の本が好きで、「きのこ文学名作選」という本に驚嘆して、3年ほど前から「港の人」の本をお店に置かせて頂いている。

仕入れやスペースの関係で少しずつしか置けないけれど、「港の人」から届く本はいつも美しい丁寧な佇まいで、ここの本を置くことでうちに並んでいる他の本たちも背筋を伸ばしているように感じられる。

夏葉社の島田さんに港の人の本を置いていると伝えたら、「僕は上野さんを尊敬しているんです。あんな風に本を創って行きたいんです」と仰っていた。

綺麗な本と真っ直ぐな言葉が綴られた本がたくさんあるのだけれど、少しずつしか置けないのでいつか一斉にお店に並べたいと思っていた。

うちのような大阪の小さなお店の企画を聞き入れて下さるだろうかと緊張しながら連絡したら是非お願いしたいとのことで嬉しいお返事を頂いた。

 

お店に並んだ自社の本を嬉しそうに眺め、「ご迷惑をかけていませんでしょうか」と心配し、偶然フェアを見に来ていたお客様と楽しそうに会話を交わし、写真を撮ってお店を後にしようとした。

帰り際、白髪の混じった、僕の父親に近いほどの年齢の人は、

「それでは引き続きどうぞよろしくお願い致します。光栄でございます」と言って腰から深々と頭を下げた。

創業は1997年。僕は神戸の高校生で、電車から退屈そうに毎日海を眺めていたころだ。

そんな20年以上前から鎌倉の海の側で言葉を、詩を、短歌や俳句を紡いで来たのだ。

その人が鎌倉から大阪までやって来て頭を下げている。

僕は、こういう人があの素晴らしい本を創っているのだ、と心臓をぎゅっと掴まれたように感じ、背筋を伸ばし、夕闇に消えていく後ろ姿を見送った。