本とわたしを離さないで

category archives : ブログ

2017.06.22

“DON’T LOOK BACK IN ANGER”

OASIS

oasisの”DON’T LOOK BACK IN ANGER”という有名な曲がある。

oasisは(確か)ビートルズ以降最も売れたイギリスのロックバンドでこの曲が収録された2nd albumは(確か)1000万枚近く売れたそうで、

日本でも人気のバンドだった。

イギリスで恐らく彼らの名前を知らない人はいないだろう。日本で宇多田ヒカルの名前を知らない人がいないように。

 

僕も彼らが大好きで何度もライブへ足を運んだ。

この”DON’T LOOK BACK IN ANGER”という曲はピアノのイントロから始まるミディアムバラードでライブでは定番のハイライトになっている。

この曲を作ったギタリストの兄(oasisはボーカルとギターの兄弟が中心となっていたバンドだがここでは詳しく話さない)、ノエル・ギャラガーの歌声に合わせオーディエンスも一体となり大合唱となる。

ピアノのイントロが流れるだけで瞬時にその場にいる誰もがあの曲が始まるのだ、と理解する。(FIRST LOVEのイントロのピアノだけで誰もが理解するように)

歌を歌っているとわけもなく涙腺を刺激するメロディーというのがあるけれど、この曲もつんつん刺激してくる。

高校の頃に出会って何度も何度も聴いているけれど、なんだかんだ言ってもいい曲だなとしみじみ思う。

ただ正直に言うと、何度も歌いながら”DON’T LOOK BACK IN ANGER”という意味を上手く噛み砕けずにいた。この約20年もの間。

 

先日マンチェスターで悲劇が起こった。周知のようにコンサート会場でテロが発生したのだ。怒りしかない。

このテロの情報を追っていたら地元マンチェスターの追悼集会で、ある女性が身体を揺らしながら”DON’T LOOK BACK IN ANGER”を口ずさみ、集まっていた人々が次々に歌いだす映像を見た。

oasisはマンチェスター出身のバンドである。

僕はその映像を見ながら初めてこの歌の意味を理解した。というより、頭ではなく身体で理解したように感じた。

20年間、何を歌っているのだろう、と思いながら口ずさんで来たこの曲がすっと身体に入ってくるのを感じた。それはライブで高揚するものとは全く違ったものだった。

作った本人の意図や意思(もしそんなものがあるのなら)とは関係なく、歌詞の意味とは関係なく、単語の意味などではなく、それを歌う人々見て、そうか、そういう曲だったのか、と腑に落ちた。

本を読んだり、音楽を聴いたり、映画を観たりしていると身体に染み込んでくるようなこの感覚。

希望も絶望も一つの塊になって身体の中に飛び込んでくる。

あの集会で口ずさんでいた人々の脳裏に浮かんでいたのがそれぞれ全く別の風景だったとしても、同じ歌を歌い明日へ向かっていたという事実が傷ついた人々を奮い立たせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017.05.21

ブックストアで待ちあわせ

bbbをご贔屓にして下さっているあるご夫婦がいる。

月に一度か二度は必ず来られる。

ご主人は無類の本好きであまり時間をかけずに選ばれたものをさっと棚から抜き取りレジに持って来る。

去り際に「また来ます」と言って自転車に乗り帰っていく。

奥様はお花が好きで僕の相方が選んだ花を毎月喜んで買って帰る。

去り際に「ありがとうー」と言って彼女もまた自転車に跨り帰っていく。

時々お二人は時間差でやって来る。

大抵奥様が先にやって来て、しばらくするとご主人がやって来る。

どちらかが買い物か用事を済ませてやって来るようだが細かいことは聞かない。

「今日はお一人ですか?」と奥様に聞くと

「そやねん、珍しいやろ」とニヤニヤする。そうしている内にご主人がやってくる。

「あ、来た」と何事もなかったように言う。

「待ち合わせですか?」

「そやねん。待ち合わせと言えばここしかないやろう」

僕はそれを聞きたくてわざと聞いてみたりするのだ。

最近の人は待ち合わせをすることが下手くそになった、と保坂和志が何かの本で書いていたけれど、

それは場所のことだったか。時間のことだったか。

どこかで誰かを待つ、ということは決して時間の無駄ではなく、貴重な時間だと思う。

そんな時間をウチに預けて下さって感謝しかない。

僕が初めて相方と待ち合わせをしたのは梅田のブックストアだった、ということを思い出した。

 

 

 

 

 

2017.05.20

カップルズ

カップルが店にやって来る。

多くは片方が片方を誘ってやって来る。

男が本を見たくて女を誘う。

男はじっと黙って本棚を順に眺めていく。

女は雑誌をパラパラとめくり、すぐに退屈そうに店を歩き回る。

女が本を見たくて男を誘う。

女も黙って本棚を眺めたり、探していた本が見つかると「これ見て」と言う。

男は退屈そうにアート関係の本をめくったり、女の横をくっついて歩く。

極稀に二人共がウチを目がけてやってくることがある。

ドアを開けて入るなり無言になってあらゆる本を手に取っていく。

ページをめくる音だけがパラパラと聞こえてくる。

僕は出来るだけ音楽のボリュームを下げる。

いづれにせよ、デートの予定に本屋が組み込まれていることは嬉しい。

ここで買った本が思い出になればなお嬉しい。

何といっても本は形として残るものだから。

僕はどうだったか。

デートに本屋へ行ったかな。

答えは、風に吹かれてもう手の届かないところにある。

 

 

2017.04.20

本をつくるひと vol.3 『塩屋と真鶴 海辺の町で本をつくる』を終えて

泊まれる出版社「真鶴出版」の川口夫妻は真鶴へ移住して2年だそうだ。

魚の美味しさに感動してひものの本を作り、町案内の冊子を作った。

それを面白がった役場の人が二人と広報の仕事などをするようになった。

真鶴に縁もゆかりもない二人と町が仕事をしていく。

小さな町なので繋がりやすいと川口さんは仰ったけれど真鶴は小さいけれど懐の深い町だと思った。

 

旧グッゲンハイム邸管理人の森本アリさんは生まれも育ちも塩屋。

町を歩けば老若男女知り合いに出会う。

歴史ある建物や美しい趣のある町並みを残していく。

聞こえはいいけれど、それらを必要ないというのは誰よりもその町を知り尽くし、便利さに憧れる高齢者たち。

アリさんは町の寄り合いで、そしてすれ違う町の道端で高齢者たちと会話を重ねていく。

小さな町だからこそ対話がしやすい。

 

三人の活き活きとした仕事ぶりを見ていると(もちろんその裏には苦労はたくさんあるだろうけれど)、

ショッピングモールやパチンコやコンビニの並ぶ街を作ってきたこの数十年間はいったい何だったのだろうと考えてしまう。

この二つの町のように今あるもの、今見えている風景に新しい価値を、美を見出すことにこの国の未来があるのかも知れない。

大げさかも知れないけどそう思った夜だった。

 

DSC_1839 DSC_1858

 

 

 

 

 

 

 

2017.04.05

blackbirdからの手紙 2 2017.4.5

春です。

保育所での最後の一年が始まりましたね。

この前入園したばかりだと思っていたのに。

一年は僕にとってあっという間ですが、あなたにとって一年どころか一日はとても長い冒険のように感じられるのではないでしょうか。

家に帰って、今日は何があったと聞くのがとても楽しみです。

たとえそれがほんの些細なことでもあなたにとっては冒険の一部であり、一大事と思われることなので釣られて僕も興奮します。

最近はひざを擦りむいて血が出た、という話をよく聞きます。

興奮しながらズボンの裾を捲くりあげて絆創膏の付いた膝をどうだ、と言わんばかりに見せつけられています。

 

マンションの前にある大きな公園のモノレール側の土手にユキヤナギが咲いています。

いく本もの枝に白い小さな花が無数に付いているものです。

この家に越してきてすぐの春にこの花を見つけたので、この白い花が僕にとって春の合図です。

夜にも白く浮かび上がるのがとても綺麗です。

ユキヤナギを表紙にしたとてもこじんまりした植物図鑑があります。

花や木、植物の名前を知っていると毎日が少しだけ楽しくなります。

一度その名前、姿、形を覚えると例えば散歩道、通学路、バスからの風景の中で、あ、あそこにもここにも咲いていると気付きます。

それはきっと楽しいことです。

本は、人生を楽しむための一つの道具です。

だから本はいつでも買ってあげますよ。

お菓子は出来るだけ我慢してください。

92257360