本とわたしを離さないで

2022.04.21ブログ

『青葱を切る』復刊に寄せて

「青葱を切る」という詩を初めて読んだ時、声が耳元で響きました。

「おれ」の声、「爺さん」の声、詩人の声が和音になって響きました。この詩集に収録されてる他の詩「春が、風が、吹いている」「海岸線叙景」「ミチルの夏」「遭遇」「白日」を読んでいる時も声が響きました。そういうことはあまりないことで驚き、そして同世代の詩人がこういうことを書くのかと出会えたことを嬉しく思いました。当店でもたくさんの方に手に取って頂きました。そして西淑さんの装画、清岡秀哉さんの装幀の良さも手伝ってすぐに売り切れたことを知り、名残惜しく思いました。まだまだこの詩集は売れると思っていましたし、まだまだ届けたい読者がいたからです。

このまま絶版にしておくのは勿体無いなと時折思い出しながら数年経って、第二詩集 『あまいへだたり』が発行されました。「イクラの味」を読んで圧倒され、ますますこの詩人に惚れ込むことになりました。五つの長編から成るこの詩集では声も言葉も更に研ぎ澄まされ、深くけれど柔らかく心に刻まれました。狩野岳朗さんの装画が見事に重なっていました。

朗読会を開き、交流を深め、それからしばらくしてこのまま指を咥えているわけには行かないと藤本さんに『青葱を切る』を当店から発行させて欲しいとお願いしました。すぐに快諾を頂いたのが2020年の春、コロナの広まる直前でした。発行まで2年以上かかったのは感染症は直接的には関係ありません。別の理由で延びることになりました。そしてまさか発売まで漕ぎ着けた先にロシアによるウクライナへの侵攻が始まるなど思いも寄りませんでした。「青葱を切る」は「爺さん」の体験した戦争だけが書かれているわけではありません。「青葱を切る」はこの詩集で唯一戦争がテーマになっていますが、他の詩には「孤独」「愛」「記憶」と文学が語り得る全てが描かれています。

広く永く読まれることを願っております。