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2015.02.08
サッカーが好きで、特に欧州のサッカーをよく見ます。
好きなチームがロンドンにいて、好きな監督がスペインにいます。ディエゴ・シメオネという人でアルゼンチン出身の監督です。選手としても大変活躍した人です。
彼はスペインで「アトレティコ・マドリード」というチームを率いています。
アトレティコ・マドリードは昨年バルセロナとレアル・マドリードの所謂2強を抑えて18年ぶりにリーグ優勝を果たしました。
チームの年俸はスター選手を多く抱えるこの2強よりも数億円少ないにも関わらずです。
昨日はそのレアル・マドリードを「4-0」で退けました。クリスティアーノ・ロナウドは何も出来ませんでした。驚くべき結果です。
これはひとえにそのチームワークと監督の手腕によるものでしょう。
アトレティコ・マドリードは強固な守備からのカウンターやセットプレーを得意としながらも全員が死に物狂いで連動してよく走ります。
それはテレビや動画の画面からも分かるほどです。監督は得点が入ると感情を爆発させ、スタンドのファンに向かって盛り上がれと両腕を上げて鼓舞します。
彼はよくこう言います。「試合から試合へ進むだけだ。一つの試合が終われば次の試合が待っている。先の結果のことなど考えない。市井の人々の暮らしと一緒だよ。今日が終わってまた明日も生きるんだ」
アトレティコ・マドリードのプレーには監督の哲学が染み込んでいます。
彼はサッカーを華やかな、そして金儲けの手段とは考えない。サッカーはそのチームを応援する町の人々のものであり、生活であり、人生そのものと考えている。
そんな彼の哲学が大好きです。そして今日も頑張ろうと少しばかりの勇気を貰うのです。
2015.02.01
2015年2月1日は朝から酷く憂鬱で悲惨なニュースが流れていました。
今の日本が戦後から最も混乱し、何か得体のしれない灰色の空気に覆われているのは間違いないようです。
憲法改正とお金のことしか頭にない政府と、厚顔無恥なそのリーダー。節操なく、下品な言葉を使うマスコミ。情報操作され、沈黙するジャーナリズム。
人は過去からしか学べません。未来には何も無いですから。過去の連続が今になる。
戦後の日本は未来をのみ見ながら歩んできたように思います。過去を振り返らずに。戦争が終わった、自由だ、輝かしい未来へ走っていこう。
家族を養うために走り出した祖父母がいて、経済成長を体感しながら走り続けた父母がいて、その恩恵を受けている私がここにいます。
私に出来ることは何か。そのバトンを受け取って、更に走り続けるのか? そうではないように思います。
ここで何とか自分のやり方で一旦腰を下ろし、過去を振り返る必要があるのではないか。何がどうしてこうなってしまったのか。一つ一つ紐を解いていくように。
こんな風に思ったのは今朝が初めてではなくて、何となく、やはり、9.11以降から思っていました。
(もっと突き詰めると私にとっては1995年が大きく、その萌芽があったように思います)
そしてそれは恐らく私だけではない。
先祖に感謝しながらも、私の世代には私の世代の役目があるのでないか。そんなことを考えた朝でした。
2015.01.25
オープンして半年が経ちました。
お店のBGMにはあまりベースの効いていない音楽が良いようです。
お店がかなり狭いというのとカフェのようにお客様の声が賑わっているわけではないので。
JAZZは楽器にも寄りますが余りフィットしない気がします。
必然的に静かな歌ものやアコースティックものが増えてきました。
最近掛けている頻度が多いのがJuana Morina(ファナ・モリーナ)というアーティストです。特に「SON」というアルバムを聞いています。
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as have average is have it, my viagra free clinic seems used very day! I my on the hair?ジャンルにあまりこだわりはないのですが、所謂アルゼンチン音響派と言われるようです。
静かな電子音とアコースティックギターに優しい歌声。2006年に出たのですが、確かEGO-WRAPPIN’の中納良恵が好んで聞いていると知って買ったのを覚えています。
ここで驚いたのは、「ああ、置いてある」とレコードを指差してくださるお客様が2週連続でいらっしゃったことです。
そして今日は「今度ライブ行くんですか?」と言われました。そういう情報は全く追わなくなってしまったので、全く知りませんでした。驚きました。
2月頭に原田知世とやるそうです。宜しければ是非、というお話でした。
2015.01.24
ある夕方に娘とソファに並んで「魔女の宅急便」を見ていた。夕食を支度する音が聞こえていた。
もうすぐ3歳になる娘は猫の話だと思っているふしがある。
この子にも深く、傷つきやすい、10代が訪れると思うと悲しくなるが、どうにも出来ない。
物語は終盤になり、「やさしさに包まれたなら」が流れてくる。
どうにも泣きそうになっている自分がいる。夕食の合図が入る。
平和って凄くいいな、と思う。
2014.12.26
正月のお平の盛った漆器のお椀、母の裁縫道具箱に入っている糸切り鋏、実家の急須、真っ黒なすき焼き鍋、祖母が鯛を捌いていた包丁、小学生の頃身近にあった文房具、アラビックヤマトの糊、ノート、恐る恐る触れていた和紙、鶴の折り紙、父が胡麻を擂っていたすり鉢、初めて見た小さな磁器の箸置き、それらは今、使っていなくても、思い浮かべるだけで手触りが蘇ったりするんです。何故でしょう。日本人だから、懐かしいから、良く使っていたから、でしょうか。でも、何よりもずっと長く使われていて、手に馴染んで、美しいからだと思います。子どもの頃はモノを乱暴に扱って、大切さをよく分かっていませんでした。そして何かを「美しい」と思う心が育ってなかったように思います。桜が散るのを見て親に「綺麗ね」と言われてもよく分からなかったりします。でも、美しいものは記憶や手触りとして残っている。不思議ですね。そして、それは人間の素晴らしい部分だと思います。
この本「BOWS & ARROWS」にはそんな日本の「美しい」がたくさん載っています。そしてそれらを作り続けている人々がいます。本当にかっこいい人たちです。(関係ないけど最近、かっこいい、という言葉好きです)この本も、日本の素晴らしい印刷技術に寄って作られた大変かっこいい本です。
父が昨年定年退職し、神戸の実家に母を一人残し、金沢の大学へ工芸を学びに行きました。一人暮らしをしています。漆器などの伝統工芸に興味があることは昔から知っていました。父の子どものころの記憶はもちろん私に分かる術もありませんが、美しいものを探求する心は年を取っても変わらないようです。

BOWS & ARROWS
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