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2013.09.16ブログ
僕に取ってオダサクと言えば「夫婦善哉」ではなく「競馬」ですね。「六白金星」もいいな。
オダサクは敬愛する先輩、Mさんに教えて貰った。Mさんは以前勤めていた会社の先輩で文学や音楽にやたら詳しくて何でこんなこと知っているんだろうと思う程雑学みたいなものにも詳しかった。
もちろん会ったことはないけれど植草甚一みたいな人だ。
「オダサクええで」とMさんに言われてちくまの短篇集を借りた。
面白かった。
人情モノ、と一言では片付けられない位に文章が上手く引きつけられる。
この作家は結末を決めて一気に書き上げるらしい。
破天荒な主人公たちが一喜一憂しながら転がり落ちるように人生を突き進んでいく。
その転がり落ちるスピードは作者の筆のスピードと比例している。
「競馬」は主人公の教員が酒場の女「一代」に惚れ込み結婚するが実家と縁を切られ、一代は間もなく病気で死に、職を失い、貯金が底を付き、競馬に夢中になる。競馬場で過去に一代と関係を持ったらしい男と出会い嫉妬に駆られ悩み、それでも競馬は一代の一の字をねらって1の番号ばかりを執拗に賭け続ける。何が上手いって競馬のレースと主人公の手に汗握る姿の描写は映画を見ているようだ。
ビールを一杯飲む間に一人の男の強烈な物語を味わえる。
Mさんも「競馬が最高」と言っていた。
Mさんには他にも内田百閒や小島信夫や保坂和志やボネガットやカポーティやたくさんの作家を教えて貰った。
何が言いたいかと言うと、面白い先輩がいると世界が広がる。
2013.08.16ブログ
あなたも、戦争について考える日が来るかもしれない。
とりわけ、太平洋戦争や日中戦争や原爆について。
何をきっかけに考えるかは分からない。
「はだしのゲン」かも分からないし、「火垂るの墓」かも知れない。
「戦争と平和」かも知れません。
もしかしたら「永遠のゼロ」かも知れない。
何かの映画かも知れないし、1枚の写真がきっかけになるかも知れない。
あるいは全く別の出来事で考えることになるかも知れない。
でも、それは歴史の教科書ではないと思う。
ある、一つの物語があなたの心に楔を打ち込むと思う。
戦争を起こすのは国であり、宗教であり、主義であり、人であり、それらは全て物語で人がいる限りそこに物語があるから。
「笹まくら」は徴兵忌避者の物語です。5年間全く別の人物に成り代わり、戦争参加を避けてきた人の話です。戦時中、そして戦争が終わって20年後の生活が交錯しながら物語は進みます。主人公の内面描写は見事としか言い用のないもので、流れていく時間と景色に気付くと自分も組み込まれています。
ぼくはこの本をたまたま父親の本棚から借りて読んで以来、戦争について考える時間が増えたように思います。物語が頭に残ったからだと思います。
戦争に関する本はたくさんあります。
たくさん読んで考えてください。
僕もまだまだ読んでみようと思います。
2013.04.28ブログ
村上春樹の作品で一番好きなものはどれか?
難しい質問ですね。
ビートルズで一番好きなアルバムはどれか選ぶ位難しいです。
「世界の終わり」のときもあれば「ダンス・ダンス・ダンス」のときもある。短編にも幾つか大好きな作品があります。もちろん「1Q84」も好きです。
でも、長い間何度も読み返しているのは「ねじまき鳥」かも知れません。
「ねじまき鳥」の何が僕をこんなに惹きつけたのか。
好きなシーンがあるんです。
3部の、もうクライマックス、というシーンです。
突然消えてしまった妻を何とか取り戻そうと主人公は遂にどこかのホテルの一室で妻(と思われる女性)と暗闇の中で対面します。
彼女は暗闇の中で小さなため息をついた。
「どうして私をそんなに私を取り戻したいの?」
「愛しているからだ」と僕は言った。
結局のところ(春樹さん風に言えば)、この台詞が言いたかったのだ、と僕はずっと考えています。言うのは簡単だけれど伝えるのは難しい。この言葉を伝えるために実に約1000ページを使っています。このシンプルな言葉を伝えたいがために、暴力があり、死があり、性があり、戦争があり、人生で起こりうるようなあらゆる事が怒涛のように主人公にのしかかって来るんです。これは小説家にしか出来ない業ですね。
「愛しなさい」そして「生きなさい」(これはもう一つの非常に重要なテーマだ)と村上さんはずっと言い続けているのだと思うんです。
それっていつの時代にも、どんな人にとっても、大切なことですよね。
2013.03.18ブログ
保坂和志は好きな作家で、おこがましいけれどこんな小説が書けたらいいな、と思っていた時期があった。そして、保坂和志のデビュー作「プレーンソング」の舞台は西武池袋線の中村橋で、僕はその3つ隣の駅に3年ほど住んだことがあって勝手に親近感を持っている。住んでいた時期は全然違うけれど、電車の窓から中村橋の街を眺めながら、あんな生活が出来たらいいな、と時々思った。
主人公が女の子にふられて一人で住むことになってしまった2LDKに写真家を目指しているような男とその彼女と、映画を撮ろうと思って撮っていない男が転がり込んで来て生活する話で、特に何が起こるわけでもない。主人公は猫に餌をやったり、競馬に行ったり、女の子とデートするだけで、物語はこの4人の会話だけで成り立っていく。以後の保坂作品がそうであるように何か特別な事件は一切起こらない。この人はこういうことを考えているのかな、あの人はこういうことを言いたかったのか、こうするとあの人は喜ぶだろう、あんなことがあったな、と日常の思考をただ延々と描き続ける。小説を読む時間はその作品の中に流れているけれど、保坂作品には日常との境界線が希薄でそれが心地よい。
最後にはみんなで海へ行ってボートの上での会話だけが15ページほど続く。誰が喋っているかも分からなくなる。「いいねえ、海って」というのが最後の台詞だ。
楽しかったとかまた行きたいと思った、とかいうノスタルジアは一切ない。ただ、時間が波のように流れていく。
そして僕は何も起こらない哲学的な小説を書いてきた保坂さんがこれから何を書いて行くのか、とても楽しみにしている。
2013.02.25ブログ
「共喰い」を文庫で読んだ。芥川賞受賞作だけあって面白かった。でも僕は一緒に収録されている「第三紀層の魚」を読んで一気にこの作家を好きになってしまった。
衰弱していく曽祖父に「チヌ」を見せるため海釣りへ通う少年、戦争と自殺した息子の影を背負う曽祖父、曽祖父を介護する祖母、夫を病気で亡くし一人で少年を育てるため懸命にうどん店で働く母親、関門海峡のある町での物語。描写が抜群に上手くて、海や魚の匂い、介護や葬式の風景、親子の会話が目の前を通り過ぎていく。更に方言が土の匂いを運んでくる。
子供の頃、大人の涙や会話の意味を良く理解出来ないことがあった。そして自分が何故泣いているのかを。そんなことってなかったですか?
少年は曽祖父の死後、一人で海へ行き、関わりを持ちたくなかったよく見かける鼻の潰れた男に助けられながら、大きな「コチ」を釣る。そしてその場でわけもわからず泣きだしてしまう。曽祖父のこと、東京へ引っ越すこと、苗字が変わるかも知れないこと、男に助けれられたこと、塾のこと、あらゆる理由を考えながら涙が落ちる。この場面は、目頭が熱くなった。
是非読んで欲しい。
古典的な名作になって教科書にも載せて欲しいなと思った。
文庫版に収録されている寂聴さんとの対談で芥川は好きじゃないけど、「トロッコ」は好きと言っていたのに凄く納得した。
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