2013.03.18ブログ
保坂和志は好きな作家で、おこがましいけれどこんな小説が書けたらいいな、と思っていた時期があった。そして、保坂和志のデビュー作「プレーンソング」の舞台は西武池袋線の中村橋で、僕はその3つ隣の駅に3年ほど住んだことがあって勝手に親近感を持っている。住んでいた時期は全然違うけれど、電車の窓から中村橋の街を眺めながら、あんな生活が出来たらいいな、と時々思った。
主人公が女の子にふられて一人で住むことになってしまった2LDKに写真家を目指しているような男とその彼女と、映画を撮ろうと思って撮っていない男が転がり込んで来て生活する話で、特に何が起こるわけでもない。主人公は猫に餌をやったり、競馬に行ったり、女の子とデートするだけで、物語はこの4人の会話だけで成り立っていく。以後の保坂作品がそうであるように何か特別な事件は一切起こらない。この人はこういうことを考えているのかな、あの人はこういうことを言いたかったのか、こうするとあの人は喜ぶだろう、あんなことがあったな、と日常の思考をただ延々と描き続ける。小説を読む時間はその作品の中に流れているけれど、保坂作品には日常との境界線が希薄でそれが心地よい。
最後にはみんなで海へ行ってボートの上での会話だけが15ページほど続く。誰が喋っているかも分からなくなる。「いいねえ、海って」というのが最後の台詞だ。
楽しかったとかまた行きたいと思った、とかいうノスタルジアは一切ない。ただ、時間が波のように流れていく。
そして僕は何も起こらない哲学的な小説を書いてきた保坂さんがこれから何を書いて行くのか、とても楽しみにしている。
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