2019.10.08ブログ
岡野さんにはblackbird booksがまだ小さなマンションの一室で週末だけ営業していた頃に出会った。
どうやって彼がお店のことを知ってくれたのかは分からない。
何を話したのかは覚えていないし、彼が何の本を買ったのかも思い出せない。
ただレジで会計を済ませると、彼は(今となってはいつものように)少し俯いて、眼鏡の奥から上目遣いでこちらを見て、
「短歌を書いているんです、良かったら読んでみて下さい」と恥ずかしそうに言って『サイレンと犀』を手渡されたのを覚えている。
僕はその頃短歌には全くの無知だったけれど、『サイレンと犀』を瞬時に『silent sigh』に変換して、この人は音楽が好きで僕と同年代なんだなと思った。
『silent sigh』は僕らが出会う10年ほど前にbadly drawn boyが出したシングルで僕は7インチを買ってしまうほどに聞き込んだ大好きな曲だった。(ヒュー・グラントが主演した「about a boy」の主題歌。何と言っても原作がニック・ホーンビィだ)
その本を手にした時には僕にとって彼はもう全く過去のアーティストになっていたけれど、懐かしいメロディーやセンチメンタルな歌詞を思い出して少し嬉しくなった。
そういうことがあってその歌集と岡野さんことは強く印象に残った。
岡野さんはそれから定期的にお店に足を運んでくれていて、お店でも短歌を少し置くようになったり、別の本でイベントに出て頂いたりと交流が今に至るまで続いている。
岡野さんの短歌やTwitterでの呟きを見て驚かされるのは幼稚とも取られかねない生命と風景への純粋な眼差しだ。
河川敷が朝にまみれてその朝が電車の中の僕にまで来る
ハミングのあれはユーミン お米研ぐ母に西日は深くとどいて
完全にとまったはずの地下鉄がちょっと動いてみんなよろける
もう声は思い出せない でも確か 誕生日たしか昨日だったね
うらがわのかなしみなんて知る由もないコインでも月でもないし
生きるべき命がそこにあることを示して浮かぶ夜光腕章
微笑ましい記憶やユーモアに繋がる一瞬の光景、生と死の間に横たわる疑問への純白な問い、それらを31文字で拾い集める。
彼は手のひらからこぼれ落ちる僅かな光も見落とさないように、無くさないように歩いているように見える。
お互いもう40になるけれどどうしてそんな眼差しを持ち続けることが出来るのだろう?
佐野元春の言葉を借りれば「ステキなことは ステキだと無邪気に笑える心」。
岡野さんはそういう心を持っていて、僕はそこに惹かれている。
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