本とわたしを離さないで

2019.08.30ブログ

隣人は韓国人

 

自宅マンションの隣の部屋には韓国から来た人が住んでいる。

隣人同士というだけではなく、彼女の息子とうちの娘が小学校の同級生で、子どもたちをきっかけに親しくしている。

彼女はよく喋る人で「どうぞどうぞ」と自家製のキムチやチヂミ、トッポギはもちろん、韓国や鶴橋で買ってきた韓国のりなどお土産をたくさん持って来てくれる。

彼女の夫は日本人で二人共教師をしている。

彼女は子どもたちに日本語と韓国語を教えている。

つまり、隣通し、日本と韓国の橋渡しをしている。

僕の想像も及ばないほど文化や生活習慣の違いで幾多の困難があったに違いないが、日本も韓国も大好きだということだ。

だから、昨今の日韓関係を憂いていることは想像に難くない。

この状況を子どもたちにどう説明しているのだろう。

 

嫌韓だとか嫌中だとかいう言葉を見る度に恥ずかしく、申し訳ない気持ちになる。

僕らにさえ何を言っているのか分からない首相が極めて良識的に見える韓国の大統領と会話が出来るとは思えず、また歩み寄る様子も見られず、見通しは極めて暗い。

(日韓のメディアから情報を得ている彼女は双方の偏った報道が両国の関係を一層悪くしているということだ。そしてもちろん子どもたちへの影響を憂慮している)

国際的に孤立し、経済的にも追い込まれていくのはこの島国の方で、彼女にとって日本にいる理由が分からなくなる可能性もある。

もしそうなった時に悲しむのは僕の娘であり彼女の息子なのだ。

世界中で起こっている様々な理不尽な別れや分断が今まさに身近で起こっている。

 

4月、僕たちの家族に新しい子どもが生まれた時、彼女はとても喜んでくれた。

韓国では(恐らく)儒教の影響で家族をとても大切にするらしく、特に子孫が出来た時は家族、親族が集まって盛大にお祝いするそうだ。

自分の子どものように優しい目で見つめ、感激した様子で赤ん坊を抱いてくれた。

本当はもっと派手に踊りたくなるほど嬉しかったのかも知れない。

それほど感極まった様子だった。

そういった喜びを分かち合える人がすぐ隣にいるということはとても幸せなことだ。

彼女にはいつも感謝している。

良い隣人に恵まれたと思う。