本とわたしを離さないで

2018.11.04ブログ

寺尾紗穂『彗星の孤独』を読んで

<ラジオのニュース>米軍も多大な戦死者を出しましたが、ヴェトコン側も115人戦死しました。

女「無名って恐ろしいわね」

男「なんだって?」

女「ゲリラが115人戦死というだけでは何もわからないわ。一人ひとりのことは何もわからないままよ。妻や子供がいたのか?芝居より映画が好きだったか?まるでわからない。ただ115人戦死したというだけ」

ジャン=リュック・ゴダール『気狂いピエロ』

 

ジャン=ポール・ベルモンドはそれに対し「それが人生さ」と続ける。

僕はこの「彗星の孤独」に収められた「ひとりの祈り」というエッセイを読みながら遠い昔に観たこの映画のセリフを思い出していた。

阪神淡路大震災をテーマにした村上春樹の短編集「神の子どもたちはみな踊る」でもこの台詞が冒頭で引用されている。

アンナ・カリーナ演じるこの女性(役名は忘れた)のセリフは戦争の恐ろしさ、ひいては国家やメディアの恐ろしさを如実に表している。

寺尾さんはこのエッセイである出来事から一般市民の多様さや、ひとりの人間にとって戦争とは何だったのか、その意味を考えなければいけないと仰っている。

津波で原発は被害を受けたが必要だ、沖縄に基地は必要だ、増税は必要だ、とそれを扇動する国家とメディア。

国単位の思考に引きずられることなく、個としてこれらのことについて考えていくべきだと僕も思う。

『国というのは、社会というのは、ひとりの人間からできている。そしてひとりの小さな声は決して「とるに足らないもの」ではない。』

ひとりの読者としてこういう事を断言出来る書き手に出会えることは幸せなことだ。

こういう言葉を書くひとりの母親、ひとりの音楽家、ひとりの作家がいるということ。

僕は作家の祈りが本を開くと手元に届くような、そんな本を届けて行きたい。

この本を読んだ読者ひとりひとりの声が聞こえるようになればそれはきっと良い世の中だろうと思う。

suisei